古典は今を生きる人を豊かにする

文学科日本文学専修 井野 葉子 教授

2018/01/01

教員に聞く!文学部で学べること

OVERVIEW

文学科日本文学専修 井野 葉子 教授に「文学部で学べること」と題して、インタビューしました。

音と言葉が結びつく体験を

私は、源氏物語を中心に引用論や和歌の役割などについて研究しています。古典に興味を持ったのは中学時代にさかのぼります。国語の授業に出てきた伊勢物語の冒頭「昔、男ありけり」の部分を自分で音読し、「なんて音の響きがきれいなんだろう!」と感激したのです。

古典は朗読すると味わい深いものです。「どうしたら古文が読めるようになりますか?」とよく聞かれますが、私は「声に出してたくさん読むことが一番の近道」と答えています。自分で音読をして、どういう意味か思い浮かべて、それが合っているかどうか訳を見るという作業をたくさん繰り返すのです。そうすれば、単語も文法も暗記することなしに自然に身体に染み込んできます。音読のリズムと言葉の意味が結びついて一緒に入ってくる感覚を皆さんに体験していただきたいと思っています。

古典の魅力は、登場人物の気持ちが「自分のあの時のあの気持ちと一緒!」と共感できるところです。歳を重ねる度に「これ、わかる!」と共感するところがどんどん増えていき、読む度に心の充実を感じます。大人になっても古典を繰り返し読んで新しい発見をする経験は、何事にも代えられないことだと思っています。

心の種が言の葉になる

昔の人は和歌で気持ちを表現していたのですが、それを美しく表わした文章があります。

「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて言ひ出だせるなり。」

これは紀貫之が書いた古今和歌集の序文です。心の種が言の葉になる。何度読んでも、なんて素敵な表現なんだろうと感動させられます。種、葉っぱ、繁るという植物関係の縁語を使っているのも美しい。このように、自然が人間の行動や心のたとえになっていることが多いのも古典の魅力です。

また、昔は和歌を贈る際には植物に結びつけて届ける風習がありましたが、その植物にも気持ちを託していました。たとえば、撫子の花だったら「撫でるほど愛しんだ人に向けて」という思い、松の枝であったなら「待っています」という意味が込められていました。こういうことを知るだけでも、心が豊かになりますよね。

人間は食事だけでは生きていけないもの。心を豊かにすることが大切です。大学生のうちからこうした教養に慣れ親しんでいくと、その後の人生を豊かに過ごすことができます。

(取材日:2018年1月)

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